最初はみくに国際学園に行く予定はありませんでした。

― いつ頃、みくに国際学園で学ばれましたか?

 

私は去年(2019年)、間もなく18歳になる高校3年生の2月から12月までの間に実施されていた冬学期・春学期・秋学期に参加しました。

最初の冬学期は部活の都合でクラスに出れたり出られなかったりしたんですが、春学期と秋学期は続けて参加することができました。今、冬学期は実施されていないみたいなんですけどね。夏の間はアルバイトもしましたよ。

 

― どうしてみくに国際学園で学ぼうと思ったの?

 

みくにのことを知っていた父から話は聞いてはいましたし、実際に学んだ人のことも知ってはいたんです。でも、なんか右から左へ聞き流してたっていうか、それよりもPathwayのことがずっと気になっていました。

 

― Pathwayって、BYUパスウェイワールドワイドが提供する一年間のオンライン教育プログラムのことですね。

 

そうです。もともと私はBYUハワイ校に進みたいと思っていたんですが、友人がPathwayの説明会があることを教えてくれました。それがみくに国際学園の閉校式も兼ねていて、みくにで学んだ人たちの話を実際に聞く機会にもなったんです。そしたら、急にみくにを意識するようになりました。

 

― みくに国際学園のどんな点に興味を持ちましたか?

 

実は私、その頃に悩んでいたのが、BYUハワイ校に進みたいとは思っていたけど、肝心の進むだけの力が足りないってことだったんです。だから、自分の学力に合ったアメリカにある別の大学への留学も考えたりしていたんですが、その説明会で自分の英語の力をさらに伸ばして英検で資格を取れば、自信をもってBYUハワイ校を申請できるかも…ってイメージできたんです。それに、みくにで学ぶということは日本にいながら日常の会話を英語しか使わない環境の中で送るってことなんです。それが、みくにの掟なんです(笑)

奉仕と学びの両立を考えました。

― なぜBYUに進みたかったの?

 

私の場合は、家族全員が末日聖徒イエス・キリスト教会の会員です。私の頭の中には近い将来に専任宣教師として奉仕活動をしたいという希望はあったのですが、それを「いつ」スタートするかという明確な目標が定まっていませんでした。そんな私がfsyという青少年たちの夏のイベントに参加した高校1年の夏、それが終わった1週間後に「祝福師の祝福」を受けたのですが、そこで私が伝道に出ることについて宣べられたこともあって、私の人生のタイムラインの中に「宣教師になる」という時間がセットされたんです。専任宣教師として働く期間は当然休学するわけですから、計画をスムーズに進めて行ける教会系列の大学のほうがいいと思いました。

 

― 「宣教師になること」と「大学で学問を修めること」との両方を得る計画を立てられたんですね。

 

はい。日本だと休学することも容易じゃないと聞いていましたし、休学している期間も大学によっては費用がかかってしまうことも聞いていました。その点、BYU系列の学校であれば、それらを気にする必要がないですからね。宣教師という立場で人々に奉仕する期間にも、大学で学びたいことを学ぶという期間のどちらにも集中して一生懸命になれる環境がBYUだと叶えられると考えました。

自分の成長を実感できました。

― みくに国際学園では、一日中英語で話すんでしょ。大変じゃなかったですか?

 

ははは、それはとっても大変でしたよ~(笑)

まったく喋れないってことだけではなくて、ネイティブの方が話すスピードにもついていけなくて、聞く力すら備わってないって痛感しました。高校で英語を学ぶ時間内で話す能力と聞く能力を伸ばせるだけの十分な余裕はないですからね。だから、最初はほんとに苦労しましたよ。

 

― みくにで学んでみた成果はいかがでしたか?

 

私、英検2級を最初に受けたときは落ちてしまったんです。でも、みくにで学んだ後は、2級Aの認定をいただきました。自分でも英語の力が伸びてるって実感でき、「もっと伸ばしたい」って思うようになりました。2級Aの認定はBYUハワイ校の入学条件でもあったので。

 

― 英会話の力が伸びたことを実感できたってことですね。

 

そうです。やはり、「合格」という目に見える到達点があったので、とても嬉しかったです。

でも、成果はそれだけではなかったんです。私はそれまで、親元から離れて生活したこともなかったので、自分たちで炊事・洗濯・掃除をしながら日々を過ごすということも大変でしたが、始めての経験から学ぶことはたくさんありました。

 

― 英語を聞き取る、話すことも大変。日常の生活を自分でやっていくのも大変だったってことですね。

 

はい。「これを言いたいのに定番のフレーズさえも知らない。単語すら出てこない。」と焦ることは何度もありました。となると、日本語で言ってしまったり…。日本人どうしなので日本語で話したくなったりするんですが、お互いに友だちとも英語で話そうと決めてそうし続けたことがよかったです。

自炊なんてしたこともないから、最初は不安でいっぱいでした。でも、その大変さの中で諦めて何もしないのではなく、仲間と一緒に何とかやっていたら段々とできるようになってきました。聞き取ることも、自分の考えを伝えることも、日々の生活でやらなければいけないことも、何でも段々とできるようになってきたことを実感できました。不安や大変さ以上に、毎日が楽しくなっていました。

 

私がみくにのことで一番オススメできることは、みくにには「恥ずかしがらないで、 片言でもいいから、とにかく英語を使いたくなる環境がある」ということですね。日本人って間違うのが怖い、完璧な英語じゃないと話すことをためらっちゃうってことがあるでしょ。でも、みくににはそういう躊躇はいらないんです。発音が下手でも、文法がグチャグチャでも、とにかく口に出して言ってみようという環境があるんです。

英語で聖典を読んだり、祈ったりすることも、少し先の自分が送るであろう日々の一つ一つを練習できるので「準備」という見方ができたことがすごく役に立ちましたね。

友だちの影響や家族の支援は大きかったです。

― 一緒に学ぶ友だちはどうでしたか?

 

影響は大きかったですよ。ほとんどは初めて会う人たちばかりですが、ある程度の期間を一緒に生活しながら一緒に学ぶという機会はそうそうないわけですから、みんなが学んでいる姿を見ると「私も頑張ろう!」という気にさせてくれて、とっても刺激を受けました。

みくに国際学園は、ただ単に英語を学ぶ場所ではないんです。クラスメイトや先生方と英語で話す場があるというだけでなく、その会話から互いの価値観を学んだり、人生を送る上で大切なことについて学んだり、一人でできないことを一緒になって励まし合いながら取り組んだりできる場所です。

 

― ご家族や周囲の方々の応援はどうでしたか?

 

家族にはいろいろと相談しましたが、私が考えて決めた道だからと応援してくれました。

みくに国際学園には、ご自身がBYUや系列校を出られた先輩方やお子さんを学ばせた方もいらっしゃって、いろんな情報も教えていただきましたし、BYUハワイ校への申請手続きも手伝っていただきました。そうした方々の支援や家族の協力が受けやすかったので、ますますBYUハワイ校に進む可能性が増していった感じです。

自分が助けてもらったように…

― 今後をどのように描いていますか?

 

大学ではビジネスを学びたいとは思っていますが、まだ将来に何をするかといった具体的なものは描いてはいません。それよりも今は英語の能力を高めてグローバル化する世界の中で様々な人々と会って文化を学び、彼らの考え方を知りたいです。その中で、日本にいても気づかないような日本人の持つ価値観の素晴らしさにも気づくと思っています。そして、自分が助けてもらったように、誰かの手助けをできるような人になりたいです。


終始、笑顔で語ってくれた石田陽菜さん。自らが決めた学ぶフィールドで、夢に向かって英語という武器を身につけられた陽菜さんには、みくに国際学園で得た学ぶ喜び、一緒に目標に向かう喜びをますます大きくしていただきたいと思いました。インタビュー、お疲れさまでした。